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2009-08-19

一切衆生は必堕無間なのか7~まとめ~

親鸞会が主張している「一切衆生必堕無間」について、これまで詳しく検証してきましたが、論文調で難しいという御意見を頂きましたので、簡潔にまとめます。

「一切衆生必堕無間」という言葉は、経典にも、七高僧方、親鸞聖人の御著書にも見られないものです。

その理由として考えられるのが、

A.真実は「一切衆生必堕無間」であるが、敢てそのように説かれなかった。

B.すべての人が必堕無間であるということはない。

の2つです。

Aの場合を考えてみましょう。

もし「一切衆生必堕無間」が真実で、釈尊、七高僧、親鸞聖人がそのことを敢て仰っていないとしたならば、釈尊、七高僧、親鸞聖人に倣わない高森会長は、どんな人物といえるでしょうか。釈尊、七高僧、親鸞聖人よりも偉い大大善知識か、もしくは説いてはいけないことを説く大悪知識か、そのどちらかになります。

親鸞会の会員は、前者で理解しているのでしょうか。しかしそこまで思っている人は流石に少ないでしょう。正常な思考であるならば、後者を迷わずに選ぶでしょう。

五逆罪を造って必堕無間の恐怖に脅えている阿闍世に対して釈尊は、無間地獄に堕ちる罪ではない、と励ましておられるくらいですから、「一切衆生必堕無間」と叫ぶことが、如何に仏教精神から外れているかが分かられるでしょう。

次にBはどうでしょうか。

このことについて、これまで6回に分けて説明してきました。
七高僧、親鸞聖人は、六道輪廻すると仰っています。蓮如上人も『御文章』の中で


されば、死出の山路のすえ、三途の大河をば、ただひとりこそゆきなんずれ。(一帖目第十一通)

はやめにみえてあだなる人間界の老少不定のさかいとしりながら、ただいま三途八難にしずまん事をば、つゆちりほども心にかけずして、(二帖目第一通)

されば、五道六道といえる悪趣に、すでにおもむくべきみちを、弥陀如来の願力の不思議として、これをふさぎたまうなり。(二帖目第四通)


と仰っています。

また、化土往生については、釈尊、七高僧、親鸞聖人は、詳しく解説なされた上で、化土往生を誡められて、報土往生を勧められています。
化土往生は、主に自力念仏の人のことを指します。自力念仏で化土往生の人が多いために、誡められているのです。これは、化土往生が実際にあるという紛れもない証拠です。

では、無間地獄に堕ちる人とはどんな人なのか。

五逆罪、謗法罪を造った人ですが、そんな人は少ない、と説かれています。往生極楽、成仏を求めている人は謗法罪を造っていないし、五逆罪も故意に親を殺すような人だけです。

実際に五逆罪を造った人で信心決定していなくても、懺悔の心、大菩提心を発したならば、地獄には堕ちないと教えられています。

一方で、念仏の教えを謗る人や、邪義を唱えている人は、無間地獄に堕ちると教えられています。

『正像末和讃』の


念仏誹謗の有情は
阿鼻地獄に堕罪して
八万劫中大苦悩
ひまなくうくとぞときたまう



『御文章』の


それ越前の国にひろまるところの秘事法門といえることは、さらに仏法にてはなし。あさましき外道の法なりこれを信ずるものは、ながく無間地獄にしずむべき業にて、いたずらごとなり。(二帖目第十四通)


などです。

以上のことから、すべての人が無間地獄に堕ちることはないというのが真実です。つまり、「一切衆生必堕無間」は完全な間違いです。
しかし、「一切衆生必堕無間」を説いたり、弘めたりするのは「念仏誹謗の有情」ですから、「必堕無間」になります。

仏教、浄土真宗は、往生極楽、成仏を目指すものであり、その無上菩提心を発すように話をするのが善知識です。だから、浄土仏教を求めることは楽しい筈です。
地獄の恐怖を植え付けるのは、外道カルトの教えであり、そんな人を悪知識と仏教では呼ぶのです。外道カルトの悪知識から話を聞けば、苦しくなるのは当然なことです。

苦しんでいる親鸞会の会員は外道カルトを離れて、浄土仏教に早く帰依して欲しいものです。

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このブログのおかげで、親鸞会の言っていることが間違いだとわかりました。
私は阿弥陀仏の本願の解釈がデタラメとわかり退会しましたが、この必堕無間は、当たらずも遠からずで、おおよそ正しいだろうとしか思えませんでした。
しかし、阿弥陀仏の本願も適当、必堕無間も捏造。
どうして当時の本願寺は、親鸞会の教義のおかしな点を末寺に徹底してくれなかったのか、そうすれば私のように騙されるものも少なかったのに、と恨んでしまいます。
それは別として、このような素晴らしいブログを作って頂き本当にありがとうございます。

喜んで頂き、嬉しく思います。

本山の見解は、「親鸞会は真宗ではない団体なので、議論も噛みあわないし、相手にするな」です。

親鸞会の主張をよくよく調べられればお判りになると思いますが、どうしてこんな解釈になるのか、と驚くものばかりです。経典、善知識方のお言葉を、都合よく切り取って、あるいはでっち上げてまで、主張するのですから、正常な思考では相手にできないです。

とはいうものの、親鸞会の被害者が多いのを見捨てる訳にはいきませんので、このようなブログを作って、被害者救済に少しでもお役に立てれば幸いと思います。

No title

こんにちは。
私は、親鸞会の関係者に出会ったのをきっかけに、仏教を多少知るようになった者です。

この記事を読んで思い出したのですが、その方から以前こんな話を聞いたことがあります。

1.『父母恩重経』を謗る者は五逆謗法である。
2.善知識を謗る者は当然謗法であるが、褒め称える者も謗法である。

2.についての理由
これは例えて言うならば、著名な大学教授の書いた論文を、何もわからない無智な幼稚園児が読んで良いやら悪いやらを評価するようなものである。無智な凡夫が仏法に関して、良いやら悪いやらを評価すること自体悪業なのである。

このような教義は正しいのでしょうか?(2.について言えば極めて愚問なのですが・・・)

Re: No title

> 1.『父母恩重経』を謗る者は五逆謗法である。
> 2.善知識を謗る者は当然謗法であるが、褒め称える者も謗法である。
>
> 2.についての理由
> これは例えて言うならば、著名な大学教授の書いた論文を、何もわからない無智な幼稚園児が読んで良いやら悪いやらを評価するようなものである。無智な凡夫が仏法に関して、良いやら悪いやらを評価すること自体悪業なのである。
>
> このような教義は正しいのでしょうか?(2.について言えば極めて愚問なのですが・・・)

まず1についてですが、『父母恩重経』は偽経といわれています。偽経を謗って五逆罪にはなりません。五逆罪は、故意に犯す罪ですので、『父母恩重経』を謗ることが五逆罪に当てはめることは無理でしょう。大乗の五逆まで広げても、当てはまりません。

2については、このようなことを聖教上で書かれたものは全くありません。
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