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2009-08-04

一切衆生は必堕無間なのか2

親鸞会では、信心決定できれば浄土、できなければすべての人は同じく無間地獄に堕ちると教えていますが、経典、聖教ではそのような説き方はされていません。阿弥陀仏の本願を疑っている人でも、浄土往生を願わない人と浄土往生を願う人とを区別しておられます。

浄土往生を願う人について『大無量寿経』下巻の胎化段には


「その胎生の者、処する所の宮殿、あるいは百由旬、あるいは五百由旬、おのおのその中においてもろもろの快楽を受くることトウ利天上のごとし、またみな自然なり。」
その時、慈氏菩薩(弥勒菩薩)、仏に白して言さく、「世尊、何の因、何の縁ぞ、彼の国の人民胎生・化生なる」仏、慈氏に告ぐ、「もし衆生ありて、疑惑の心をもってもろもろの功徳を修し彼の国に生れんと願じ、仏智・不思議智・不可称智・大乗広智・無等無倫最上勝智を了せず、この諸智において疑惑して信ぜず。しかも猶罪福を信じ、善本を修習し、その国に生れんと願ぜん。このもろもろの衆生、彼の宮殿に生じ、寿五百歳、常に仏を見ず、経法を聞かず、菩薩・声聞・聖衆を見ず。このゆえに彼の国土において之を「胎生」と謂う。もし衆生ありて明らかに仏智乃至勝智を信じ、もろもろの功徳を作し、信心回向すれば、このもろもろの衆生、七宝華中において自然に化生し、跏趺して坐し、須臾の頃に身相光明・智慧功徳もろもろの菩薩のごとく具足し成就す。」
「また次に慈氏、他方仏国の諸大菩薩、発心して無量寿仏を見たてまつり、およびもろもろの菩薩・声聞の衆を恭敬し供養せんと欲せん。
彼の菩薩等、命終りて無量寿国に生ずることを得、七宝華中において自然に化生せん。弥勒、当に知るべし、彼の化生の者は、智慧勝るるがゆえに。
その胎生の者はみな智慧なし。五百歳の中において、常に仏を見ず、経法を聞かず、菩薩・もろもろの声聞衆を見ず、仏を供養するに由なし。
菩薩の法式を知らず、功徳を修習することを得ず。当に知るべし、この人は宿世の時、智慧あることなし。疑惑の致す所なり。」
仏、弥勒に告げたまわく、「たとえば転輪聖王の別に七宝の宮室ありて種々に荘厳し、床帳を張設し、もろもろの絵幡を懸けたらん。
もしもろもろの小王子ありて罪を王に得ば、すなわち彼の宮中に内れて繋ぐに金鎖をもてし、供給に飲食・衣服・床褥・華香・伎楽を供給転輪王のごとく乏少する所なけんがごとし。
意において云何ん、このもろもろの王子、むしろ彼の処を楽わんやいなや。」
対えて曰く、「いななり、但種々に方便し、もろもろの大力を求め、自ら免出するを欲せん。」
仏、弥勒に告げたまわく、「このもろもろの衆生もまたまたかくのごとし。
仏智を疑惑するをもってのゆえに彼の宮殿に生ず。
刑罰乃至一念の悪事あることなく但五百歳の中において三宝を見ず、供養しもろもろの善本を修することを得ず。
これをもって苦となし、余の楽ありといえども猶彼の処を楽わず。
もしこの衆生、その本罪を識り、深く自ら悔責し、彼の処を離れんと求むれば、すなわち意のごとく無量寿仏の所に往詣し、恭敬供養することを得、また遍く無量無数諸余の仏の所に至り、もろもろの功徳を修することを得ん。
弥勒、当に知るべし、それ菩薩ありて疑惑を生ずる者は大利を失すとす。
このゆえに応当に明らかに諸仏無上の智慧を信ずべし。」



とあります。なお参考までにここの部分の訳は本願寺出版社発行の『浄土三部経(現代語版)』によれば、以下の通りです。


「その胎生のもののいる宮殿は、あるいは百由旬、あるいは五百由旬という大きさで、みなその中でトウ利天と同じように何のさまたげもなくさまざまな楽しみを受けているのである」そのとき弥勒菩薩がお尋ねした。「世尊、いったいどういうわけで、その国の人々に胎生と化生の区別があるのでしょうか」
 釈尊が弥勒菩薩に仰せになる。
「さまざまな功徳を積んでその国に生れたいと願いながら疑いの心を持っているものがいて、無量寿仏の五種の智慧を知らず、この智慧を疑って信じない。それでいて悪の報いを恐れ、善の果報を望んで善い行いをし、功徳を積んでその国に生れたいと願うのであれば、これらのものはその国に生れても宮殿の中にとどまり、五百年の間まったく仏を見たてまつることができず、教えを聞くことができず、菩薩や声聞たちを見ることもできない。そのため、無量寿仏の国土ではこれをたとえて胎生というのである。
 これに対して、無量寿仏の五種の智慧を疑いなく信じてさまざまな功徳を積み、まごころからその功徳をもってこの国に生れようとするものは、ただちに七つの宝でできた蓮の花に座しておのずから生れる。これを化生といい、たちまちその姿を光明や智慧や功徳などを、他の菩薩たちと同じように、欠けることなく身にそなえるのである。
 また弥勒よ、他の仏がたの国のさまざまなすぐれた菩薩たちも、さとりを得ようとして無量寿仏を見たてまつり、その仏をはじめとして菩薩や声聞たちに至るまで敬い供養したいと思うのである。これらの菩薩たちも、命を終えて後に無量寿仏の国に生れ、七つの宝でできた蓮の花におのずから化生するのである。
 弥勒よ、よく知るがよい。化生のものは智慧がすぐれているが、胎生のものは智慧が劣っていて、五百年の間まったく無量寿仏を見たてまつらず、教えを聞かず、菩薩や声聞たちを見ず、また他の仏を供養することもできない。菩薩の自利利他の修行ができず、功徳を積むことができない。よく知るがよい。これらのものは、過去世において智慧がなく、仏の智慧を疑ったからにほかならない」
 釈尊が弥勒菩薩に仰せになった。
「たとえば転輪聖王が王の宮殿とは別に七つの宝でできた宮殿を持っているとしよう。そこにはさまざまな装飾が施されており、立派な座が設けられ、美しい幕が張られ、いろいろな旗などがかけられている。その国の王子たちが罪を犯して父の王から罰せられると、その宮殿の中に入れられて黄金の鎖でつながれるのであるが、食べものや飲みもの、衣服や寝具、香り高い花や音楽など、すべて父の王と同じように何一つ不自由することがない。さてその場合、王子たちはそこにいたいと願うだろうか」
 弥勒菩薩がお答えする。
「いいえ、そのようなことはないでしょう。いろいろな手だてを考え、力のある人を頼ってそこから逃れ出たいと思うでしょう」
 そこで釈尊が弥勒菩薩に仰せになる。
「胎生のものもまたその通りである。仏の智慧を疑ったためにその宮殿の中に生れたのであって、何のとがめもなく、少しもいやな思いをしないのであるが、ただ五百年の間、仏にも教えにも菩薩や声聞たちにも会うことができず、仏がたを供養してさまざまな功徳を積むこともできない。このことがまさに苦なのであり、他の楽しみはすべてあるけれども、その宮殿にいたいとは思わないのである。
 しかしこれらのものが、その苦は仏の智慧を疑った罪によると知り、深く自分のあやまちを悔い、その宮殿を出たいと願うなら、すぐさま思い通り無量寿仏のおそばへ行き、うやうやしく供養することができる。また、ひろく数限りない仏がたのもとへ行ってさまざまな功徳を積むこともできる。
 弥勒よ、よく知るがよい。仏の智慧を疑うものはこれほどに大きな利益を失うのである。そうであるから、無量寿仏のこの上ない智慧を疑いなく信じるがよい」



釈尊は、浄土を願う人の中に、化生(報土往生)と胎生(化土往生)の人があり、その違いについて詳しく説かれています。つまり化土往生があることを教えられています。

この『大無量寿経』下巻胎化段を受けられて親鸞聖人は『浄土三経往生文類』に、


弥陀経往生というは、植諸徳本の誓願によりて不果遂者の真門にいり、善本徳本の名号をえらびて万善諸行の少善をさしおく。しかりといえども、定散自力の行人は、不可思議の仏智を疑惑して信受せず、如来の尊号をおのれが善根として、みずから浄土に回向して、果遂のちかいをたのむ。不可思議の名号を称念しながら、不可称・不可説・不可思議の大悲の誓願をうたがう。そのつみ、ふかくおもくして、七宝の牢獄にいましめられて、いのち五百歳のあいだ、自在なることあたわず、三宝をみたてまつらず、つかえたてまつることなしと、如来はときたまえり。しかれども、如来の尊号を称念するゆえに、胎宮にとどまる。徳号によるがゆえに難思往生ともうすなり。不可思議の誓願、疑惑するつみによりて、難思議往生とはもうさずとしるべきなり。


と書かれ、自力念仏の人は、七宝の牢獄(化土)にいくと仰っています。

『正信偈』にも、


専雑執心判浅深 報化二土正弁立


とあり、蓮如上人の『正信偈大意』では、


「専雑執心判浅深 報化二土正弁立」というは、雑行雑修の機をすてやらぬ執心あるひとは、かならず化土懈慢国に生ずるなり、また専修正行になりきわまるかたの執心あるひとは、さだめて報土極楽に生ずべしとなり。これすなわち、専雑二修の浅深を判じたまえるこころなり。『讃』にいわく、「報の浄土の往生はおおからずとぞあらわせる 化土にうまるる衆生をば すくなからずとおしえたり」といえるこころなり。


と教えておられます。

また隆寛律師の著された『自力他力事』には、


そのうへに弥陀の本願をつやつやとしらざるとがのあるなり。さればいみじくしえて往生する人も、まさしき本願の極楽にはまゐらず、わづかにそのほとりへまゐりて、そのところにて本願にそむきたる罪をつぐのひてのちに、まさしき極楽には生ずるなり。これを自力の念仏とは申すなり。


とあります。自力念仏の人は、極楽のほとり(化土)に往生するということです。
隆寛律師は法然上人門下で親鸞聖人の兄弟子にあたります。『自力他力事』は、親鸞聖人が親写されたもので、巻末には「寛元四歳丙午三月十五日これを書く。愚禿釈親鸞七十四歳」とあり、親鸞聖人が関東の門弟達に読むように勧められた親鸞聖人の御著書に準ずる書物です。

また『歎異抄』第十一条には、


次に自らの計をさしはさみて、善悪の二につきて、往生の助け・障り二様におもへば、誓願不思議をばたのまずして、わが心に往生の業を励みて申すところの念仏をも自行になすなり。この人は名号の不思議をもまた信ぜざるなり。信ぜざれども、辺地・懈慢・疑城・胎宮にも往生して、果遂の願の故に、遂に報土に生ずるは、名号不思議の力なり。これ即誓願不思議の故なれば、ただ一なるべし。


とあり、同じく第十七条には、


辺地の往生を遂ぐる人、つひには地獄に堕つべしといふこと。この條、いづれの証文に見え候ぞや。学生たつる人のなかに言ひ出さるることにて候なるこそ、あさましく候へ。経・論・聖教をばいかやうに見做されて候やらん。信心缺けたる行者は、本願を疑ふによりて辺地に生じて、疑の罪をつぐのひて後、報土の覚を開くとこそ承り候へ。信心の行者すくなき故に、化土に多く勧めいれられ候を、「つひに虚しくなるべし」と候なるこそ、如来に虚妄を申しつけまゐらせて候なれ。


とあります。更に後序には、


悲しきかなや、幸に念仏しながら直に報土に生れずして辺地に宿をとらんこと。一室の行者のなかに信心異ることなからんために、泣く泣く筆を染めてこれをしるす。名けて『歎異抄』といふべし。


とあり、『歎異抄』とは化土往生に留まる人を歎いて書いたものだと記しています。

上記いずれの聖教のお言葉も、化土往生について述べられたものです。自力修善、自力念仏の人が多いために、自力の人が往く化土と他力の人が往く報土とを比較なされて、早く他力に帰するように勧められているのです。自力の人が往くのは無間地獄であるとはどこにも仰っていません。

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